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【寄稿】受け継がれていく「赤い子ども椅子」 全国木材組合連合会総務部参与 板垣靖さん

秋田木工の椅子の思い出を語る稲垣さん
次の出番を待つ赤い椅子

 昭和57年、私たち夫婦は青森県岩崎村(現深浦町)にある深浦営林署(現津軽森林管理署)の職員として現場で森林管理を仕事としで暮らしていた。
 ここは、津軽国定公園であり白神山地、十二湖など自然豊かで風光明媚なところで、私たちに二人の子どもが生まれた。
 長女がまだお座りもできなかった昭和58年(1983年)、五所川原市の家具店で、秋田木工の赤い子ども椅子に出会った。
 木の美しい曲線、軽くて扱いやすいのに、手に取るとしっかりとした強さがある。温かみのあるデザインを見て、「これなら次の子にも使える」と思えた。迷うことなく、その赤い椅子を購入した。併せて曲木が美しいみどりの椅子も購入した。
 やがて生まれた第二子の息子も、その椅子に座って育った。
 二人の子どもが毎日のように使い込んだにもかかわらず、壊れたところは一つもなく、秋田木工の技術の高さに、私は感心させられた。
 子どもたちが成長して椅子を使わなくなったあと、赤い椅子は妹の家へ旅立った。妹の三人の子どもたちが順番に座り、新しい思い出を刻んでいった。
 さらにその後は静岡市の親戚の家へ渡り、二人の子ども(今では21歳の男の子と12歳の女の子)が使ってくれた。
 気がつけば、この小さな赤い椅子は七人の子どもたちを見守ってきたことになる。
 どの家でも、どの子にも、変わらず寄り添い続けてくれた。
 これはもう「ただの家具」ではなく、三家族の歴史をつなぎ、子どもたちの成長を見守り続けてきた、小さな証人に思えた。
 秋田木工の確かな技術と、受け継がれていく思い出の重なりが、この赤い椅子の物語を今も紡ぎ続けている。
 今も赤い子ども椅子は次の出番を待っている。

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