ニュース2022.07.25
千葉大学名誉教授の宮崎良文氏は、医学分野と連携して自然セラピーが持つ生理的リラックス効果を研究している。その成果を同大環境健康フィールド科学センター自然セラピー研究室特任助教の池井晴美氏とともにまとめ「木材セラピー」(創元社出版)を出版した。出版を記念して、東京原木協同組合と東京木材問屋協同組合は、このほど、宮崎氏と池井氏による講演会「木材セラピーを科学する」を東京都江東区の木材会館で開催した。前回の宮崎氏の講演に続いて、池井氏による研究成果発表を要約してお伝えする。発表はヒノキが中心だったが、ナラ、スギ材についても同様の研究が進められており、脳活動の鎮静化や副交感神経活動の亢進(こうしん)など、身体がリラックスすることが明らかになっている。
【池井晴美氏による研究成果発表】
木材が人にもたらす生理的リラックス効果について、最新の研究成果を紹介いたします。
先の宮崎先生のご講演においても、木材や森林などの自然がもたらすリラックス効果に関する研究の現状についてご解説いただきましたが、これまで脳や身体に及ぼす生理的影響に関する科学的データの報告は不足していました。
私たちの研究チームにおいては、生理指標を用いて脳や身体を計測することで、木材や森林などの自然由来の刺激が五感を介してもたらす生理的リラックス効果の解明を目指しています。
ところで、木材セラピー研究の先進国はどこかご存じでしょうか。実は日本なのです。
森林総合研究所で木材セラピー研究を開始した当初、この分野の研究の現状を把握するため、学術論文データベースにて先行研究を調査しました。その結果、匿名の研究者によって審査を受けた査読論文は30報あり、その全てが日本の研究チームの報告であることが分かりました。
なお、2018年と21年に再調査を行ったところ、世界各国の研究チームが日本の研究を参考に取り組み始めていることが分かりました。手前味噌ですが、現在の木材セラピー研究の約半数は、私たちの研究チームによる報告です。
次に、私たちの研究チームで使用している脳活動と自律神経活動計測法を簡単にご紹介いたします。脳活動においては、脳波ではなく近赤外分光法という光を使ったシステムを使って脳の前頭前野活動を計測しています。
左右の前額部に、両面テープにて計測用プローブを装着し、近赤外光を照射して、戻ってきた光を検出することで、計測部位の脳活動を毎秒計測することができます。
自律神経活動については、心拍変動性という心拍のゆらぎを周波数解析することによって、ストレス時に高まる交感神経活動とリラックス時に高まる副交感神経を計測しています。
これから木材が人にもたらす生理的なリラックス効果について、嗅覚、触覚、視覚刺激に分けて紹介します。
■木の香りを嗅ぐ実験
20歳代の女子大学生に協力いただき、目を閉じた状態でヒノキ葉油の香りを90秒間嗅いでもらい、その時の脳と身体の反応を計測しました。その結果、ヒノキ葉油による嗅覚刺激によって、脳前頭前野活動が鎮静化し、リラックス時に高まる副交感神経活動が亢進し、生理的にリラックスすることが明らかになりました。
ヒノキ天然乾燥材チップを用いた実験においても、脳前頭前野活動が鎮静化しました。また、代表的な木材由来の揮発成分であるα―ピネンとリモネンを単独で吸入したときの効果についても調べたところ、どちらも副交感神経活動が高まり、身体が生理的にリラックスすることが分かりました。
■手や足で木に触る実験
まず、木材と他の建築素材の違いについて明らかにするため、木材はヒノキ材とし、比較のための素材として大理石を用いました。
同じく20歳代の女子大学生に協力いただき、目を閉じた状態で、各素材に手で90秒間触ってもらいました。
その結果、木材に手で触ることによって、脳前頭前野活動が鎮静化し、副交感神経活動が高まりました。ただ木材の上に手のひらを置くという単純な接触であっても、脳も身体もリラックスすることが初めて明らかになりました。
次に、無塗装材と各種塗装材の比較を行いました。女子大学生に各種木材を手で触ってもらったところ、無塗装材に触れることによって、前頭前野活動は低下し、副交感神経活動は上昇しました。無塗装材は、各種塗装木材に比べて、生理的リラックス効果をもたらすことが明らかとなりました。
日本の住宅では、素足で生活することが多いので、足で触れたときの効果についても調べました。目を閉じた状態で安静にした後、油圧式の昇降機にて素材を上昇させ、ヒノキ材と比較のための大理石にそれぞれ90秒間、足裏接触させました。その結果、木材に素足で触れることは、脳前頭前野活動の鎮静化、副交感神経活動の亢進、交感神経活動の抑制を生じ、身体をリラックスさせることが明らかになりました。
■木質壁画像を見る実験
女子大学生に協力してもらい、映画館程度に暗くした実験室内にて、大型ディスプレーによって臨場感をもって提示された各種画像をそれぞれ90秒間見てもらいました。その結果、有節、無節ともに脳前頭前野活動が鎮静化し、有節では副交感神経活動が高まり、無節では交感神経活動が抑制されることが明らかになりました。節の有無にかかわらず、私たちの身体は生理的にリラックスしますが、その反応には違いがありました。そのメカニズムについては、今後の課題です。
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