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★【木材セラピーを科学する 上】木のリラックス効果 医学との共同研究で実証

千葉大学名誉教授の宮崎良文氏

 世界の中でも日本は、木材や木質空間が人に及ぼす影響や効果についての研究が最も進んでいる。千葉大学名誉教授の宮崎良文氏は、医学との連携による共同研究を進め、自然セラピーが持つ生理的リラックス効果を研究している。その成果を同大特任助教の池井晴美氏とともにまとめ、このほど「木材セラピー」(創元社出版)を出版した。出版を記念して、東京原木協同組合と東京木材問屋協同組合はこのほど、宮崎氏と池井氏による講演会「木材セラピーを科学する」を開催した。両氏の講演を要約して、世界最先端の研究成果を紹介する。

 自然セラピー研究が進まない理由は、日本だけではなく世界でも同じです。1年ほど前にアメリカのジャーナリストのインタビューで、自然や森林の効果に世界中の人が興味を持っているのに、なぜデータが少ないのかと質問されたことがあります。
 これはパリのバンセンヌにある300年ほど前に作られた森の写真です。この風景を見るだけでも生理的にリラックスします。けれども、なぜ気持ちがいいのか言葉では説明できません。それを体の変化で説明しようというのが私たちの基本的な考え方です。
 人の起源は700万年前になります。産業革命が2、300年前に起きて急速に人の体が自然から乖離(かいり)していきました。
 人の体は、実は自然に対応してできています。快適性とは、人と環境との間のリズムの同調であり、環境と自分のリズムがシンクロして一体化している時に持つ感覚だという考えを持っています。
 例えば、自分にとって一番快適な物や人を思い浮かべてみてください。その思い浮かべたものは、自分の相手だったり環境だったりいろいろあるのですが、それが一体化した状態だろうと思います。
 人の体は勝手に自然と一体化してしまうのです。その特異性を上手に使ったらいいのではないかというのが自然セラピー、あるいは木材セラピーの基本的な考え方になります。
 ただ注意しなければいけないのは、快適性の種類です。昔の快適性研究は、ほとんど「暑い」「寒い」に関するものでした。私は五感に関わる快適性の研究をやりたいと思っていました。「暑い」「寒い」は、受動的快適性で個人差が少なく、皆同じ感覚になります。例えば、2、3日前にものすごく寒い日がありましたが、そんな日に暖かいところに行くとみんな気持ちいいと感じて個人差がありません。
 それに対して木材セラピーあるいは自然セラピーは、個人差が大きいのが特徴であり、それが問題点でもあると言っていいのかもしれません。だからこそ研究者が少ないのです。しかし今後は、それが必要になってくることは明らかです。
 木材セラピーの概念について少しお話します。現代人はストレス状態にあるというのが、われわれの基本的な研究仮説です。後で池井先生が説明しますが、木材に触れると生理的にリラックスするのは分かっています。脳活動を毎秒計測できるようになったことも最近の非常に大きな進歩です。
 ストレス状態では気付かないのですが、実は免疫機能が下がっています。リラックスするとそれが改善されます。例えば風邪やがんを木材や自然で治すことはできませんが、病気になりにくくすることはできます。これが予防医学で、木材セラピーの狙いはそこにあります。ただ、免疫機能の改善効果の研究は、ホテルで3泊4日、ヒノキの香りをかいだという例しかなく、まだまだデータがありません。ここのところを東京原木協同組合さん、東京木材問屋協同組合さんと一緒に研究してみましょうとお誘いいただいて、原木協同組合さんとは4年やって、さらにまた4年。結果として8年間にわたる共同研究はほとんどありません。問屋協同組合さんとは、この木材会館の快適性を測ろうと計画しています。
 次に自然セラピー研究の問題点についてお話しします。なぜ世界中で関心が持たれているのに自然セラピーの研究が少ないのか。
 自然セラピーというのは、自然と人の間の相互作用の解明です。われわれの実験でも、森林や花、木材によって基本的にはほぼ例外なくリラックスすることが分かっています。それを上手に使ってストレス解消まで持っていこうというのが広義の定義です。自然と人との相互作用については、医学による共同研究によって解明しないといけないのですが、全くできていない。これは日本だけでなく世界でもそうです。
 木材、森林、園芸…。何のための研究かというと人のための研究なのです。もう一つの大きな問題が、木材が人にどう役立つのかという研究が、大学の教育・研究システムになく、素材に特化していることです。これも日本だけではなく、世界でも同じです。人の存在が忘却されているのです。やはり医学研究者との共同研究が必須です。これをどうやっていくか。
 自慢では一切なくて誤解しないでほしいのですが、私は大学を出て、その後マスター(大学院修士課程)を経て東京医科歯科大学に助手として9年間いました。その後に森林総合研究所に行き、千葉大学の環境健康フィールド科学センターの教授になりました。これは私が優秀だからではなく、実は学生の頃から勉強せずに、成績は最低で単位もぎりぎりで卒業しました。ちょうど43年前の今ごろ、マスターを終えて就職が決まっていないのは私一人でした。ある日、指導教員に呼ばれて研究室に行くと医科歯科大学の先生がいて、その先生と30分ほど話をして医科歯科大学の助手になることが決まりました。今になって考えるとそれが非常に良かったと思います。医学部と農学系の雰囲気や空気、考え方の違いを感じることができました。共同研究をやる上でのコミュニケーションを取れる知り合いもできました。
 共同研究は五分五分でないといけないのですが、農学から医学をみるとどうしても敷居が高い。私が医科歯科大学の9年間で学んだのは、医学系の方たちはプライドが高いのですが、質の高い論文やデータには敬意を払ってくれることです。一流の雑誌に一流の論文を書いて、向こうから共同研究を持ちかけられるようになると五分五分の関係になります。
 医学部でも精神科の領域で自然に対する関心が非常に高まっています。そういうところで自然セラピーの分野を広げていきたいと思っています。
※次回は池井氏による研究報告の詳細をお伝えします。

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