ニュース2021.11.29
2020年に創業100周年の節目を迎えた飛驒産業は「人を想(おも)う 時を継ぐ 技を磨く 森と歩む」の4つの価値観と、次の100年に向けて「匠の心と技をもって飛騨を木工の聖地にする」という「志」を掲げ、ロゴを刷新するなど次々と記念事業を打ち出した。こうしたCI(コーポレート・アイデンティティー)策定の過程について、岡田贊三社長は、岡田明子常務が立ち上げたブランディングプロジェクトの議論に全てをまかせたという。岡田常務にその議論の過程と「これからの100年」に向けた思いを聞いた。
――今回のCI策定は若手が参加したプロジェクトで議論を重ねたそうですね。飛驒産業の歴史や岡田社長の言葉を自分たちで考えて議論を進めたのですか。
そうですね。飛驒産業はこれまで、節が入った木材を使ったり、スギの圧縮技術を開発したり、社会に目を向けながら、メーカーとして事業を展開してきました。森林資源活用というところで、家具をはじめとして、農業資材やエッセンシャルオイルを作り、職人の学校もつくりました。一本筋を通しながらも、いろいろな事業を行っているので、外部の方から見ると、飛驒産業の全体像が見えにくいということを言われたこともありました。「一つ一つの事業は素晴らしいのだけれど、全体としてぼやけてしまって世の中に伝わり切っていない」という第三者のアドバイスを受けて、100周年を契機にそのあたりをしっかりと言語化して、世の中に伝えていこうということで、若手が参加したブランディングプロジェクトを立ち上げたのです。
――プロジェクトのメンバーと年齢構成を教えてください。
メンバーは9人、企画部門を中心に構成しました。目指すべきブランドについて議論を行ったり、雑誌の中で飛驒産業をイメージさせるものを切り抜いてコラージュを作ったりしながら、みんなの意識をビジュアルにそろえて意思統一を図りました。
ブランディングについては、人によっていろいろな解釈があるのですが、私は中川政七商店会長の中川政七さんの著書や勉強会に参加して学んだことを参考にしました。「ブランディングというのは、伝えるべきことを整理して正しく伝えること。単に表面的に奇麗に見せるのではなくて、会社としての理念、ビジョンがあって、それをちゃんと整理して世の中に正しく伝えることでブランドが出来上がっていく」という中川さんの考えをぜひ実践したいと思いました。
――海外では徹底したブランディングのすごさを感じることもありますね。
お金のかけ方も違いますね。私たち中小企業は、限られた資金ではありますが、しっかりとその会社のビジョンを共有して、それがにじみ出るような会社になることができると思います。欧州の一流ブランドのような手法は取れなくても、われわれならではの技術を研さんしながらしっかりと志を持つことによって、世の中に必要とされる会社になるのだと思います。その技術や志を伝えていく責任があるのですが、今まで私たちは発信し切れていない部分がありました。
――4つの価値観の一つ一つの背景とは。
これまでの会社の事業を、改めて言葉にすると何だろう、ということから考え始めると、さまざまなキーワードが出てくるのですが、それを一言で表そうとすると、とても難しい。その中で言葉として出てきたのは、これからも継続することが飛驒産業の存在意義であるということから発した4つの価値観でした。
浮かんだキーワードを切り分けると、人、時、技、森という言葉がしっくりきて、その言葉に「人を想う」「時を継ぐ」「技を磨く」「森と歩む」と動詞を付けて考えていったのですが、「継ぐ」という言葉には「継ぎ手」、「磨く」は研磨といった木工を連想させる字を当てるような形でブラッシュアップをしていきました。
ではこれからの100年のビジョンとは何か。最終的に行き着いたのは「匠の心と技をもって飛騨を木工の聖地とする」という「志」でした。この言葉にたどり着くまで1年半ほどかかりました。匠や聖地という言葉一つ一つは抽象的なのですが、それなりにしっかりと考えたものです。
――なぜそんなに時間がかかったのでしょうか。
最終的には私が結論を出さなければいけなかったのですが、その時間がかかったからです。企業ビジョンを定めたら、絶対にそこに向かって走る、自分の一生をかけて走り切る確信がなかったら、それはビジョンではないですよね。それを決めるのは私の人生、そして飛驒産業の未来を全部背負うことになるわけです。だから、本当にこれでいいのかという思いが常にあって、決断に時間がかかりました。
――聖地と言うと重くも聞こえますが、若者の間で「なんとかの聖地」とか使われていますね。
物を見たり、買ったりするだけではなくて、人が集まり、学び、経験して感じるためにみんなが集まる場所というのが私の理想です。それを一言で表すのは、やはり聖地という言葉しかないと思います。
コロナ前、飛騨には年間500万人の観光客が訪れていました。古い町並みや飛騨牛、お酒……それだけではなくて、1300年続く匠の歴史があり、それに裏付けされた技術がきちんと残っていて、私たちのようにその伝統を受け継ぐ存在を、もう少し地域とリンクさせることができればと思います。「飛騨といえば木工だよね」と言ってもらえることが私たちの夢でもあります。
――ロゴデザインも刷新しましたね。
会社の理念や姿勢を表すとても大切なものですから刷新に時間をかけました。キツツキマークは50年前の高度成長期、電通さんに考えていただいたものです。長い間使い続けてきて非常に愛着があるもので、お客さまや従業員からも大切にされてきました。
しかし、これからの未来を考え、企業理念やビジョンを表せるロゴが求められていました。家具は主力事業ですが、それだけではなく木工、森林資源の活用と森に関わる技術の開発といった広がりを持たせ、飛騨という地域を支える存在でもありたいと考えたとき、それを象徴できるロゴとは何か。やはり飛騨を力強く打ち出すロゴが最適だろうとデザインを選びました。
――山々を背景にして椅子が浮かぶ美しい写真とともにコーポレートメッセージを掲げましたね。
企業理念を端的に世の中に発信していこうということで、コピーライターの秋山晶さんに考えていただきました。秋山さんには飛騨までいらしていただいて、工場も見学されて、打ち出されたのが「匠は森にいる。」の6文字でした。「4つの価値観」や「志」がまだ決まらず、どうしようかと悩んでいた時に力強いメッセージをいただいて、とても感動したことを覚えています。
――飛驒産業のホームページに掲載されている特別対談の中で岡田社長は、先人たちの努力と、ご自身の経営立て直しについて語り「水の底まで沈みかけていた会社が水面に顔を出した。その形を整えていくのは次の世代の仕事」と語っています。
そうですね。あとは私が、今までまかれてきた種をどうやって育て、花を咲かせていくかということです。日本から世界から飛騨が「木工の聖地」と呼ばれる場所になればと思います。木工や森林資源について調べるなら、まず飛騨という土地を思い浮かべてほしい。
私たちがやらなければならないこととして「4つの価値観」があるわけですが、もっとかみしめて言うと、1つ目が飛騨の木工の歴史と文化を引き継ぐことだと思います。2つ目が森林資源の探求を続け、それをけん引する存在であることです。中小企業なので大きなことはできませんが、中小ならではの技術の磨き方をして、小さくても注目される企業になっていたいと思います。
――岡田社長は議論には参加されなかったそうですが、プロジェクトから生まれた成果を喜ばれていましたね。
これまで飛驒産業が100年間培ってきた歴史を思うとともに、父が20年間、本当に覚悟を持って踏ん張り、立て直した会社ですから、この地域に絶対に残さなければいけないと思っています。微力ですが、いろいろな方々のお力をお借りしながらやっていきたいと思います。
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