ニュース2022.09.07
2027年の創立100周年に向けて研究力の強化に取り組み、アジア工科系大学としてトップ10入りを目指している芝浦工業大学。今年4月、豊洲キャンパス(東京都江東区豊洲)に新校舎「本部棟」を竣工させた。9月中に芝浦キャンパス(東京都港区)の学生たちが豊洲に移転、大宮キャンパス(さいたま市)と2つのキャンパスに集約される。移転に当たって本部棟8・9階などの机や棚を、建築学部建築学科の谷口大造教授がデザインし、建築学部の学生自ら塗装や組み立てを行った。特注家具や塗装のプロが、ボランティアで学生たちの指導に当たるという大学ならではのプロジェクトが展開された。
「木の街」のようなワクワク感
築地に代わる鮮魚の卸売市場として注目される豊洲。高層ビルやタワーマンションが立ち並ぶ街の一角に、芝浦工大豊洲キャンパスの「本部棟」が竣工した。地上14階地下1階、設計は日建設計、施工は鹿島建設、同大の堀越英嗣名誉教授が設計監修を行った。建物は、未来に向かう発展と成長、地域とのつながりをイメージして上に向かって広がる意匠になっている。
谷口教授が家具をデザインしたのは同棟8・9階のオープンラボ。研究室の区切りがなく、それぞれの取り組みを見える化することによって新しい発想を生み出すことを狙った、広さ約500平方㍍(1フロア)のスペースだ。そのスペースにふさわしく、家具も自由な発想でデザインされている。
机はラワン積層ベニヤの箱にシナランバーの頑丈な天板を乗せている。研究の道具や模型材料、書籍などを収納する棚は、スリットのついたラワン積層ベニヤの箱にシナ積層ベニヤの棚板を好きな高さに調整してはめ込むことができる。費用を抑え、手に入りやすい材料にしているが、ウッドショックに見舞われ木材の手配に苦労したという。
「学生たちが実際に研究するアトリエを構成する机や棚として、模型材料などが置かれることになります」と話す谷口教授は、建築を学ぶ学生たちが自分で高さを調整できるように、使いやすさとサイズ感を考えたという。学生たちによる家具の製作作業まで考え、至ってシンプルにデザインされているが、実際に130人ほどが使う家具がフロアに並べられている様子は、さまざまな意図で作られた建物で構成された木の街が、これから作られるかのようなワクワク感があった。
製作作業は、各研究室から4年生または大学院生1人をコアメンバーとして進められ、家具製作や塗装のプロたちが約1週間かけて講習を行った。その後に各学年の学生たちが参加してワークショップ形式で作業が進められた。
「建築の場合、家具のような1分の1サイズを実際に扱うことはありません。実際のスケールに関わったことがある学生は、ほんのわずかです。インパクトドライバーを使ったことがないという学生もいます。やはり実材に触れることはすごく大切なことです。これをきっかけに作る楽しさを分かってくれるといいなと思います」(谷口教授)
塗装の指導を行ったのはキャピタルペイント東京駐在所所長(木材塗装研究会副会長)で木工塗装の第一人者である長澤良一氏。「1級建築士でも塗料や木工塗装のことを学んだ人はほとんどいません。日本建築家協会の勉強会で教えることもありますが、実習で刷毛(はけ)の使い方を指導すると喜ばれます。今回は刷毛の洗い方までしっかりと教えました」
長澤氏とともに指導に当たった塗料・塗装機器販売を手掛けるカネヒロ社長の矢島浩之氏は「建築を学ぶ学生さんたちが就職しても、塗装や研磨に直接触れる機会はないかもしれませんが、道具を大切に扱うことを学ぶいい機会になったと思います。今回の経験を心にとめていただいて、後に役立つことがあればうれしく思います」と話す。
谷口教授は「作るだけではなく、その前の段取りや、終わった後の片付けといった基本的なことも学んでほしい。きれいな現場でないと駄目だと学生たちに教えています。建築家もそこまで気を配らなければいけません」と、学生たちに託す思いを語った。
未来の木工業界のために
家具の設計・施工を管理したヤマシタ・プランニング・オフィス。同社の市野俊介氏は「限られた予算の中でどう進めるか、また私たち(職人)がなぜこの仕事に関わるのかを考える中で、今回は学生さんたちの力を借りてプロジェクトを進めることになりました。自分で塗装して組み立てることによって愛着も湧くでしょう。そこに意味があると思いました」。職人ならではの完璧な作業へのこだわりと、予算の制約のはざまでたどり着いたのは、木や部材の加工は旭川のメーカーにお願いし、大学では塗装と組み立て配置のみを行う方法だった。
塗装にはキャピタルペイントの「NA―6オリオ2」が使われた。オイルとウレタン両塗料の長所を持つこの塗料は、作業のしやすさと機能性、コストを考えて選ばれた。「塗料を3種類に絞ったのですが、その中でオリオ2のコストが性能の割に低かったのです。では、それが全体でどれぐらい必要かということで長澤さんに相談すると、塗装指導まで全面的に協力していただきました」と市野氏。
こうして塗装のプロまで巻き込みながらプロジェクトが進められた。市野氏は「組み立てや配置まで契約には入っていませんが、自分の気持ちとして最後まで付き合うのが筋だし、そこまでやり遂げたいと思ってます。どこかで学生たちと、またつながることもあるでしょう」と、仕事の合間に時間をつくって現場を訪れているという。
芝浦工大のOBでもある長澤氏は「将来、建築の先生になる学生さんたちだから、いま教えれば木工業界のためになると思いながら指導しました。刷毛さばきが上手な筋のいい学生さんもいます」と、後輩たちの腕前に目を細めていた。
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