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検証 スマートUR住宅 新たな住まい方提案 IoT、AIをフル活用 高齢者見守る44個のセンサー

今年7月、団地として初めて登録有形文化財(建造物)に登録するよう答申された旧赤羽台団地。その団地で、IoT・AIを活用した「Open Smart UR」スタートアップモデル住戸
対比用として設置した建設当初(昭和37年)の再現モデル住戸

 今から60年前、住戸内で寝る場所と食べる場所を完全分離した“DKスタイル”という新しい住まい方を提案した日本住宅公団(現在の都市再生機構=略称UR)の設計思想は、現在ではマンション生活の原点となっているが、そのURが今度は既存住宅をリノベーションすることで喫緊の課題・少子高齢社会などに対応できる新しい住まい方を提示しようと、東洋大学情報連携学部と連携して今夏に発表した10年後の団地の方向性を実感できる「スマートUR住宅」(正式名称Open Smart URスタートアップモデル)が話題になっている。そこで「スマートUR住宅」とはどんなものなのか、同住宅がある東京都北区の赤羽台団地を訪ねて見学してみた。

団地ジャーナリスト・長谷田一平氏
築57年・赤羽台団地の一室を改装して研究


 「スマートUR住宅」は現在建替え事業が進行中の赤羽台団地の既存住棟エリアの一角、築57年のスターハウス44号棟の1階2号室(44平方㍍)にあった。内部に入ると以前3つの部屋に区切っていた典型的な団地サイズの空間が小粋な現代風ワンルームに変身しており、「これが半世紀も経過した住宅なの?」とびっくりするほどの改造ぶりだった。

■在宅勤務にも対応
 説明してくれたのはUR本社の技術コスト管理部設計課・渡邊美樹課長。ITに精通している東洋大学情報連携学部・坂村健学部長はビデオメッセージでコンセプトを語ってくれた。それらを総合すると今から10年後の世の中は「少子高齢化の進行で日本の人口は3分の1が65歳以上の高齢者になる」「働き方改革の影響で在宅勤務やサテライト勤務が一般化する」「所有から利用へと価値観が変化する」「2020年から小学校でプログラミング授業が義務化される状況を考えると、10年後には個々人がライフスタイルに合ったプログラミングをパソコンなどを使って簡単に作るはず」―と予測した。
 これらに対応するためにどうするか、今回スターハウスの一室に造った「スマートUR住宅」では、パソコンやスマートフォンと言ったインターネット技術(IT)だけでなく、家具や家電などさまざまなモノとインターネットが繋がる技術(IоT)と人工知能(AI)をフルに活用して、“安心”、“魅力”、“多様”に富む住宅像を提案していることが大きな特徴だ。44平方㍍のモデル住宅の住人は2人だが、そこにAIも同居人として加わっていた。

■回覧板もスマホで
 「スマートUR住宅」に入って一番驚いたのはなんといっても44個ものセンサーが部屋のあちこちに付いていることだった。それは温度や湿度、気圧、CO2濃度、カメラ画像、赤外線などのセンサーだった。これらが設置されれば「部屋の中を多角的にとらえることができる」ことから高齢者の見守りを始め、寒い季節にお風呂場で起きるヒートショック現象、住人の発熱、熱中症といった非常事態にAIとの連携で即対応でき、通報も外部に取れるので“安心”、“安全”、“快適”が保証されると力説した。
 また各種センサーは多機能AIとIоTでつながっているので、声を出したり、手を振るだけで、テレビや照明が点(つ)くし、部屋のカーテンやブラインドの開閉も自動的にできる。また回覧板も人を介さずにスマホなどで確認できるので、外の回覧板を見に行ったり、個別に回覧板を回す必要はない。システムキッチンに組み込まれているスマート冷蔵庫の説明にも驚いた。作りたいレシピに対して足りない食材を教えてくれるだけでなく、その食材を自動的に買い物リストに入れてくれ、近隣の八百屋や肉屋、魚屋に自動的に注文を行い、配送の手続きまで可能だという。
 働き方改革では今後、高速ネットワーク回線や5G(第5世代移動通信システム)などが普及することから自宅がサテライトオフィスになることを想定し、在宅勤務、テレワークに対応できる家具テーブルを配置するなどの空間づくりも提案していた。スマート宅配ボックスも目玉のひとつだ。この宅配ボックスは10年後にロボットやドローンでの宅配時代到来を想定して作ったのが最大の特徴で、スマホやPCタブレットさえあれば対面せずに物品のやり取りがスムーズにできるようにしている。

人が編み出す工夫とコミュニティ
失われる危機感


■監視社会の様相
 「スマートUR住宅」の主な内容はこんなところだが、見学しての印象を率直に言えば、先進的だが、便利さと引き換えに何かが失われる――その危険性を感じたのも確かだ。それは日常生活する上で人間が編み出す工夫やコミュニティの喪失が危惧される。44個のセンサーを見てすぐ脳裏に浮かんだのはイギリスの作家ジョージ・オーウェルが書いた小説「1984年」のことだった。44個ものセンサーに常に見守られていたら、それこそ監視社会だし、プライバシーがなくなるのではないだろうか。
 10年後の世の中はその住まい方を是認するのか、その議論もたぶん起こるだろう。それと付加価値の高い便利なサービスを利用できる高齢者がどのくらいいるかの検証も必要だ。さらに住戸内でも在宅勤務OKにすることも気になった。今のURの入居契約書では「住宅は居住用」が原則となっているだけに、居住の場所にオフィスを持ち込むことに、既存居住者が納得同意するか、その辺の根回し、協力依頼が今後不可欠となるだろう。

■外国人との共存
 課題はまだある。それは人口減少に伴って必須となる外国人労働者受け入れの問題と住宅の関係だ。URは国の施策実施機関なので多分積極的にUR住宅の開放に踏み切るだろう。その時、今でも文化の違いであちこちの団地でトラブルが発生しているので、10年後をにらんで、外国人向けにトラブル防止のソフト対策が急務となる。そう考えると10年後の「スマートUR住宅」供給までに解決すべき課題は山積している。
 URは今回提示した「スマートUR住宅」を既存ストック約73万戸の6割を占める昭和40~50年前半管理開始団地(1965~80年)の一部で供給する方針だ。これら団地は5階建てでエレベーターなしの中層住宅が大半だ。このため郊外団地では4~5階住戸で空き家が急増しているという。この解消策の救世主が「スマートUR住宅」というわけだ。
 URの渡邊美樹課長は「10年後の新しい住まい方を提案する上で、今後URは社会課題に応えて、どこまで用意するか、どう貸すかが最大の焦点になる。3年後には体験入居を実施し、より精度の高いニーズを把握して、少子高齢社会等に対応できる『スマートUR住宅』を供給していきたい」と語る。
 東洋大学情報連携学部・坂村健学部長は「新たなライフスタイルを模索するのがこのプロジェクトです。これからの時代、理想的な住環境の整備は一つの事業者では実現できない」と強調。今回発足した「URにおけるIоT及びAI等活用研究会」に住宅メーカー、建築会社、管理会社、住宅設備メーカー、家具メーカー、家電メーカー、ITメーカーといった各種企業や公共団体、自治会などに参加を呼び掛けている。

異業種が集まって議論を

 皆で理想的な住まい方を実現するために技術的な検証を行っていこう――各種業界団体などにこう呼びかけた坂村氏の連携プラットホーム構想は貴重だし価値がある。閉塞感漂う今の時代、問題解決のためには “文殊の知恵”が必要だ。もはや成果を独り占めする時代ではない。異業種が集まって喧々諤々(けんけんがくかく)議論することで、必ずや良質な化学反応が起こるはずだ。これからスタートする「URにおけるIоT及びAI等活用研究会」にはその期待感が内包されている。UR本社の技術コスト管理部・高原功部長は「研究開発の成果はURのフィールドだけで使うのでなく社会還元する」と明言する。
 国交省が発表している資料によると、我が国の分譲マンションストックは2018年現在で約655万戸。このうちの約200万戸は2030年には築40年を迎える。その時までに「URにおけるIоT及びAI等活用研究会」が既存ストックのリノベーションのあり方について一定の成果を出していたら、各業界団体にとってそれこそ大きなビジネスチャンスが生まれ、経済効果は計り知れない。

2020年2月上旬に「10年後のURへの提言」を掲載します。

はせだ・いっぺい 
 1947(昭和22)年東京都生まれ。74(昭和49)年に団地新聞「KEY」に入社。公団住宅を中心に40年近く団地のさまざまな事象を取材。UR、国交省、全国公団住宅自治会協議会、日本住宅管理組合協議会などを担当。編集長、編集主幹を歴任後、2010(平成22)年にフリーとなる。

建て替え事業が進んでいる赤羽台団地

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